2017年02月26日

弟子は仲間じゃ、みんなワシの師じゃ/「たいへんよい」か「よい」の二つだけ

みなさん、おはようございます。
本日は某場所で個人ブルースハープ・ワークショップを行うのですが
今朝は、ブルースハープ・ワークショップを行うにあたりグッときた
合気道創始者・植芝盛平翁の言葉を紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=fgZrZbtvUgE
http://www.dou-shuppan.com/aikido_w/159_md/
◆大先生が「わしには弟子はおらん」とおっしゃったのを聞いて
お弟子さんが「いるじゃないか」と思っていたら
「みんな仲間じゃ」わしの師じゃ」とおっしゃったそうです。
それからお弟子さんが自ら受け身をとるこんな稽古でいいのかと思っていたら
あるとき大先生は
「みんなも新しい技をなにか発見したらわしに教えてくれ」とおっしゃったそうです。
わたくしの場合、教えた人を弟子とは思っておらず
ご縁があって自分の経験を伝えることになったとしか思ってません。
極端な話、一度だけ出会って自分と同じ時間を過ごせば弟子は卒業です。
その後は、弟子は仲間で師匠になります。
(ただしブルースハーモニカを吹き続けてる人に限ります)
◆話が変わって
物理学によると「いま」しかないそうです。
下記の詩にグッときました。
「過去は記憶の中にのみ存在し 未来は期待の中にのみ存在する」
ちゅうことで物理学的に存在するのは
永遠のいま。昨日もいま。おとといもいま。一年前もいま。
いまから三十年前、といってるのも「いま」なのだそうです。
だから本当の物理学には、実は時間なんて存在しないそうです。
時間という概念は本当はないから、年を取るという概念もないそうですわ
こういう話を聞くとこれから中年から老年に向かうMHKは妙な希望が湧いてきます。
◆「いまを生きる」ということを虚無的に捉えるのか「それにつながっていく」
という考え方ととるのか?
それから、人間の意識の中での調和と神というか宇宙的な存在の調和は全く違う。
潜在意識というのは自分ではわからないから
すべての人は潜在意識の中で調和を求め、そこへ向かっているそうです。
顕在意識で考えた調和というのは人の和とか
「あの人には逆らわないほうがうまくいく」というようなことなります。
だけどそんなことは神様の目から見たら調和じゃなく自己愛的なものです。
なるべく逆らわないようにしたほうがこの人とはうまくやっていけるなっていうような調和は
はたして調和なのか?自己愛なのか?
もっと言うなら、悪魔や悪というものを我々はどうしても憎んだり蔑んだりしがちですが
その悪魔だって神様のためにやっているのだと考えると
何が正しいのかわからなくなります。
正しい、正しくないの基準は人間界においてまちまちですが
神様には二つの判断しかないそうです。
それは「正しい」とか「悪い」とかではなくて
「たいへんよい」か「よい」か、のどちらかです。
◆ということは2/13の記事で書いた神社のおみくじ解説
 ☆大吉=非常に良い
 ☆吉=幸運多し
 ☆半吉=平穏無事
 ☆末吉=だんだん良し
 ☆凶=今が一番不調にて上向く
結局は、どのおみくじを引いても悪くないということとかぶります。
めでたし!めでたし!
◆では、そろそろスロージョギングに出かけます。
 走りながらブルースハープ・ワークショップで伝えることを自主トレします。
posted by マッドハープ at 06:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする