2017年01月01日

謹賀新年・2017年元旦/ブルースハーピストの魅力について

みなさん、あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました
今年もどうぞよろしくお願いいたします
    2017年 元旦
ブルース・ダウンホーマーMAD HARP KATO
◆元旦まず最初の記事は
〜MHKが考えるブルースハーピストの魅力について〜
ブルースの場合、単にテクニックがあるだけではダメで
テクニックがなくてもフィーリングを込めて吹けば良いというものでなく
出だし一発の音色で聴き手に「グッとくる何か」を感じさせられるかです。
では「このグッとくる何か」をどうすれば
手に入れて吹けるようになるのか?
そのために先人たちのコピーを毎日やってますが
正直なところ私自身わかってません。
「なんやわかってないんか〜そんなら書くなや」という世間の声が「今」聞こえました。
◆わたくしが宗教っぽい記事をウダウダ書くのは
ブルースハーモニカの練習だけで「グッとくる何か」を
手に入れること出来ないと考えるからです。
そこでここから
みなさんが「グッとくる何か」を手に入れるヒントになればと
可藤豊文氏の文を紹介します。
☆われわれが知っている自分とは、生まれてから死ぬまでの自己であり
 生まれる前に存在した自己などわれわれの想像を超える。
 しかし、イエスはわれわれの内側には生まれることも死ぬこともない誰か
 あるいは何かが存在すると見ているのだ。
 それはわれわれが生まれる前にも存在していたし
 今も存在し、これからも変わることなく存在するものなのだ。
 宗教とはこの始め(生)もなければ終わり(死)もない
 永遠なる生(まことのいのち)にかかわるものであり
 多くの人がそうであるように生まれた時より後に存在し
 やがて死でもって終わる生を如何に楽しく
 どううまく生き延びるなどかを問題にしているのではない。
 簡単に言えば、
 われわれの死すべき命(死人)の内側に生まれることもなければ
 死ぬこともない永遠なる生が存在し
 それを知るもの、あるいはそれを生きるものは死を味わうことはないということだ。
 「涅槃経」はそのような生を「不生の生と」言ったが
 生まれるということがないのだから(無生)死ぬこともない(無死)
 そういう意味において永遠のいのちなのだ。
◆以上です。
 ブルースハーピストにとって魅力の有無を分けるポイントが「グッとくる何か」であるなら 
 イエスが言う
「われわれの内側には生まれることも死ぬこともない誰かあるいは何かが存在する」
 も「グッとくる何か」と同じではないか?
 と無宗教のMHKは勝手に解釈したのであります。
◆サニーボーイ一世&二世やビッグウォルター&リトルウォルターなどの 
 偉大な先人たちの多くはすでに亡くなっておりますが
 音源だけが残されております。
 それは無くなることがない「永遠のいのち」です。
 それを深く自己認識しながらブルースハーモニカを吹けば
 「グッとくる何か」を手に入れることができ
 後世のブルースハーピストに「グッとくる何か」を伝えることができると
 元旦から思いついた次第であります。
◆では、そろそろ日が昇り始めたので
 初日の出を拝みに出かけます。
 もちろん歩いてです。
 予定ウォーキングコースは
 慈光林感謝道から石切山〜満願寺〜最明寺滝です。
 家に帰ってお雑煮を食べてお昼寝をします。
◆2017年元旦、MHKが最初にコピーするのは
 MAD DOG LESTER DAVENPORTの
 TO OUR LOST ONES 9-11-01です。
https://www.youtube.com/watch?v=sHwLKjg-QAM
みなさん「グッとくる何か」を感じて暮らしましょう!
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posted by マッドハープ at 04:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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